2011年5月12日木曜日

在来線「博多南線」の謎  諸岡 達一

 時刻表の謎解きは快楽である。長年抱えたままだった疑問を自分のマナコで解き明かすべく、僕は博多に出張した。この前の「九州新幹線試乗会」(2011年2月24日)、僕が博多集合のB班に参加したのは、この際、ナゾの現場探訪を試みようと思い立ったからである。

 今を去ること1997(平成9)年3月、JRグループのダイヤ大改正があった。山陽新幹線、新大阪←→博多間を2時間17分で結ぶ500系「のぞみ」が日本初の最高速度300㌔(時速)運転をした時である。「JR時刻表」の山陽新幹線のページを繰っていて、何じゃこりゃ! 初めてお目にかかるシルシを発見した。
 そのシルシは●。
 たとえば、新大阪発「こだま383号」博多行きが終着するのが「17時51分」、到着番線が博多「14番線」、そのすぐ下欄に「●」が付記されているのである。また、博多発「ひかり174号」新大阪行きの下欄にも同じように「●」が付記されている。よく見ると、上りで21本、下りも21本、いずれも「●」シルシ付き列車なのであった。そして欄外にシルシの説明【注】あり。「●印の列車は博多―博多南間在来線特急として運転します」とあるではないか。新幹線が在来線? 「詳しくは51ページをご覧ください」と。
 51㌻をめくると、そこにあったのは「博多―博多南(博多南線)」時刻表。新登場? である。あとで判明したことだが、それ以前は448㌻近辺「九州在来線」の仲間として「博多南線」は記載されていた。新幹線ページに記載欄が移動したため新登場のように見えたのだった。
 それもそのはずで、この路線はもともと在来線扱いだが、走る電車は新幹線車両なのである。時刻表には『全列車特急列車 新幹線車両6両または8両編成で運転 普通車全席自由席』と記されている。さらに《ご案内》の欄には『ご乗車には、運賃(190円)のほかに、特急料金100円が必要です。山陽新幹線にまたがってご利用の場合は、特急料金100円と山陽新幹線の特急料金を併算します』と記されているのじゃよ! 290円で新幹線車両に乗れる在来線(営業㌔8・5㌔)なのだ。
 そんなに驚くことはナイのだが、これが僕にとっては20年来の時刻表の中の謎だったのである。従って僕にはこの謎を解く権利と義務とヒマがある。

 「博多南線」は1990(平成2)年に開業しており、北九州、西日本方面に住んでる人は先刻ご存知の話題であり、鉄道ファンもちゃんと知っている事柄だし、ははは、東京住民の僕が無知だっただけで、申し訳ないけれど……やっぱり僕にとっては謎は謎であった。
 現場を訪れると、やっぱり謎の価値は高く面白い!
 まず博多駅の新幹線ホームの表示板には、鹿児島方面の次の隣駅名が「←しんとす/はかたみなみ」と記されている。九州新幹線は全通したけれど、次の隣駅は「新鳥栖」だけではない、これからも「博多南駅」は永遠に存在するぞ、と主張している。「新鳥栖」の方がルーキーじゃないか。「博多南」は20年前から営業している先輩じゃけん。
 僕が博多駅の新幹線ホーム16番線から「博多南」行きに乗ろうとして立っていると、放送が「この列車は小倉・広島方面には行きませんのでご注意下さい」と注意喚起している。鹿児島方面へ全通した今日、もしかして「この列車は新鳥栖・熊本・鹿児島方面には行きませんのでご注意ください」と放送しているかもしれない。ホームが同じだから間違いやすい。
 僕が乗った博多南行き列車は、新大阪発博多行き「こだま729号」が終着となって乗客を降ろし、そのまま「博多南行き」となるのだった。
 これぞ!●シルシの現場である。
 ホームの案内表示には「こだま」の文字はなく、ただの「729」。列車番号表示のみである。博多南線の列車番号はことごとく山陽新幹線を走ってきた列車番号と同じで、つまり博多←→博多南間は列車名のない特急電車となる。「特急729」という呼称は他にないのではないか(面倒くさくなって調べていない。あるかも?)。
 この「特急729」は因縁なるかな500系車両であった。時刻表の謎にブチ当たったのが500系登場の1997年。「ただいま時速300㌔で運転しています」と運転士がご自慢で放送した花形列車「のぞみ号」。いま静かに各駅停車「こだま号」と格下げ? になって、博多南線では特急券100円+乗車券190円で乗れる。車両の後期高齢者人生いかばかりか。
 同列車は博多南駅で折り返し「744列車」となり、博多まで乗客40人~50人を乗せて時速120㌔でゆるゆると走った。博多からは引き続き「こだま744」になり、新大阪まで淡々と仕事をこなすべく14番線を後にした。博多南線を走っている最中に車内放送あり。「このまま新大阪方面に行かれる方は、そのままご乗車ください」。
 2011年3月大改正、最新のJR時刻表をよく見ると、博多南線の本数は現在下り28本、上り26本。主に500系「こだま」のほか、700系「ひかりレールスター」も走るが、唯一「博多南駅」発20時02分→「博多駅」20時12分着の「768A列車」は、九州新幹線全通を機にデビューした新型N700系である。この列車はそのまま博多駅20時20分発の「こだま768」岡山行き(終着23時32分)となる。時刻表の【欄外注】に「768A=グリーン券は車内でのみ発売します」の記述がある。これは特別な1本であることを証明している。

 なにゆえに、博多南線が生まれたか。
 簡単に言えば、博多南に「博多総合車両所」(新幹線基地にあたる)があるからだ。1974(昭和49)年以来、地元住民から「どうせ走るんだから回送列車に乗客を乗せてほしい」の声が高くなった。なんせこの辺り(福岡市那珂川町、春日市)はバスで博多へ1時間圏。難題もさまざまあった中で国鉄からJR会社になり、1990(平成2)年4月に博多南線および博多南駅が軌間1435㍉のまま開業したのである(管轄はJR西日本)。お蔭様で急速に宅地化が進み、僕が博多南駅前に立って眺めてもマンション群、ビル群があちこちに見えた。奇妙な路線効果は確実に現れている。
 博多←→博多南間は所要時間10分、全通した九州新幹線と並行して走る(イラスト参照)。九州新幹線全通の賜物が一つ……新幹線車両ファンにはこたえられない現象……博多南線の「博多―博多総合車両所分岐点間」には「N700系8両編成」「同16両編成」「700系8両編成」「同16両編成」「800系」「500系」「300系」「100系」が連日ぞろぞろ、しかもゆっくり走って行き交う。沿線のマンションに住む鉄ちゃん鉄子には、こんうえなか歓喜であっけん。
 噺はブッ飛ぶけれど、この際(なにがこの際だかワカランが)、東京都品川区八潮にある新幹線大井車両基地から「たった1㌔延長」して羽田空港直通の新幹線を作ればいいのにね、と思う。新青森発の羽田空港行き「はやぶさ」っていう列車が走るとなりゃ素晴らしいように思うが、はて? 東海旅客鉄道新幹線鉄道事業本部様、いかがでしょうか。以前にもそんな話が持ち上がったことがあるのは知っているけれど、やっぱダメですかナ。
 
 【参考】JR東日本「上越新幹線」の枝線「越後湯沢駅←→ガーラ湯沢駅」も、在来線扱い(上越線支線)である。走るのは新幹線車両だが、在来線の特急列車ということになり、運賃140円+特急券100円=計240円で乗れる。時刻表にも、その説明をした上で、『越後湯沢―ガーラ湯沢間の指定席の発売はいたしません』と記されている。なお、ここは冬季のみ運行。スキー場の営業次第となっている。

*文中●は〇の中に▲