鈴木隆敏さんの『新聞人福澤諭吉に学ぶ─現代に生きる「時事新報」』(産経新聞出版)の出版記念パーティーが6月17日東京・銀座の交詢社で開かれた。 昨年11月から12月にかけ産経新聞に24回にわたった連載をまとめたものだが、連載のきっかけとなったのは、鈴木さんが日本新聞協会機関誌『新聞研究』2008年4月号に「時事新報は生きている─現代の新聞に与える示唆」を書いたことによる。福澤諭吉が1882(明治15)年に創刊した「時事新報」の題字は消えているが、会社はまだ生きていて、産経新聞社会長の清原武彦氏が代表取締役、鈴木さんは監査役で、年に1度株主総会も開かれていると意外な事実を発表した。
それが連載につながったもので、パーティーには福澤諭吉の曾孫にあたる三菱地所相談役の福澤武さんや、安西祐一郎・前慶応義塾塾長、交詢社理事長の鳥居泰彦・元塾長らが出席。交通ペンクラブからは山岡通太郎、日本交通協会理事長の前田喜代治両氏が顔を見せ、JR東日本の薬師晃広報部次長が大塚会長、清野社長からの花束を贈呈した。意外なところでは旧国鉄63年入社の入山映・元笹川平和財団理事長の姿も。
鈴木さんと慶大同期の清原会長は「せっかくだから本紙に連載したらと持ちかけた」とあいさつ。鈴木さんの妻宏子さんは「一日中パソコンの前に座っていたこともある」と原稿を書くのに悪戦苦闘していたことを暴露。鈴木さんも「連載を始めてすぐ体調を崩して3日間入院しました」と明かした。連載がストレスになっている、と主治医に指摘されたという。
鈴木さんによると、「時事新報」は発行部数とともに、その内容と言論性の高さによって日本一の新聞だった。創業5年目の1886(明治19)年、第1面に広告を満載し、「日本一の時事新報に広告するものは日本一の商売上手である」という広告のコピーまでつくった。
事業面も活発で、初めて美人コンテストを行い、現在毎日新聞に継承されている大相撲の優勝掲額やクラシック音楽の登竜門・日本音楽コンクールなども時事新報が始めたものだ。