大きく変わり始めた地方鉄道の現状
交通新聞 上里 夏生
今は一部のレールは残っていても、列車が走ることはない北海道ちほく高原鉄道、くりはら田園鉄道、鹿島鉄道――。2000年度から2008年度までに廃止された鉄軌道は全国25路線、574・1㌔に上る。東京―大阪間を超す距離の鉄路が日本から姿を消した計算だ。国土交通省鉄道局によると、2005年度時点で営業中だった全国の中小私鉄92社の営業成績は、黒字が19社、赤字が73社。全体の8割が赤字という現状が地方鉄道の厳しい経営環境を物語る。
しかし、今後本格化する高齢化社会を考えれば、鉄道の役割を全面的に自動車(マイカー)に置き換えるのは難しい。運輸政策研究機構の調査によると、地方都市では運転免許のない地域住民は全体の2割程度。仮に本人は免許がなくても、家族に送迎してもらえば不便を感じないので、公共交通の必要性はなかなか表面化しにくい。
だが、地方鉄道や路線バスの減便や廃止で免許や自動車を持たない高齢者が日常生活に不便をきたす事例は少なくない。75歳以上の高齢者は一般に外出をあきらめてしまう傾向にあり、高齢者が増えるこれからの時代、地方鉄道や路線バスの維持・再生に代表される、交通弱者を意識したきめ細かい交通政策が求められるのは事実だ。
◇交通基本法制定へ
昨年9月に誕生した民主党を中心とする新政権は地域公共交通の維持・再生を柱の施策に掲げ、法制面の裏付けとなる「交通基本法」の制定を打ち出した。国土交通省は同11月から交通基本法検討会を連続開催し、今年4月には新法の骨格を公表。自由に移動できる権利を「移動権」と命名し、交通基本法では移動権保障を生存権の一つとして認めることとした。6月22日には前原誠司国土交通大臣が新法の基本指針を発表し、一般からの意見をパブリックコメントとして7月22日まで募った。
基本方針では、自動車に過度に頼る現代社会の問題点を「自動車に過度に依存する社会となった結果、気が付くと高齢者や障がい者に不便な社会になり、自動車を使える人と使えない人の間で大きな格差が発生した」と指摘。こうした社会形態を「交通の格差社会」と名付けた。
国交省は来年年明けの通常国会に交通基本法案の提出を目指すが、全国の自治体や事業者にとって気になるのは国による助成額。この点について、三日月大造国土交通副大臣は全国の自治体関係者や事業者を集めた6月18日の「地域公共交通全国会議」の基調講演で、「交通基本法が成立すると、国の地域公共交通に対する助成額は年間1000億円規模で必要になる」と述べ、地域公共交通活性化・再生法(通称)による現在の助成額年間200億円程度に比べ大幅な増額を示唆した。◇生まれ変わる地方鉄道
交通弱者の増加や地球環境問題への関心の高まりを背景に地域公共交通が注目を集める中で、地方鉄道もまた自己改革の道を歩み始めた。地方鉄道維持・再生のモデルとされるのが茨城県。同県では2005年に日立電鉄、2007年には鹿島鉄道が廃止されたが、県や沿線自治体は存続に向けた十分な努力なしに鉄道を廃止した手法を反省。事業者が廃止の意向を打ち出した茨城交通湊線に関しては、県や地元のひたちなか市が出資する3セクのひたちなか海浜鉄道に経営を移管して存続させることとした。
県や市は3セク移行に当たり、社長を公募するという新しい経営手法を採用。公募で選ばれた吉田千秋社長は富山地方鉄道から万葉線(旧加越能鉄道)に移り、万葉線存続に向けて努力。海浜鉄道では、沿線の子どもたちがデザインした動物を車体に描いた「アニマルトレイン」の運転などで常に話題をまいている。
海浜鉄道のように経営トップを公募した3セク鉄道は、山形鉄道、いすみ鉄道(千葉県)、北条鉄道(兵庫県)の3社あり、英国の航空会社・ブリティッシュエアウェイズから転じたいすみ鉄道の鳥塚亮社長は、訓練費用約700万円を訓練生が自己負担するという、公募による乗務員(運転士)養成という新しい人材育成手法を発案し、マスコミに大きく取り上げられた。
このほか、次世代型路面電車のLRTを整備して都市内の交通を再生する動きが宇都宮市や大阪府堺市、岡山市で起きるなど鉄軌道をめぐる話題は尽きない。地方鉄道は今、減便・廃止から維持・再生へと大きく舵を切りつつある。